ただ寒いから、 冬だから、 そういう季節だから

口からでまかせなんて幾らだって紡げるのに、なんでたった一言 "好き" だって言えないんだろう。






風邪がうつった言えない理由







学期終わり定番の大掃除。
偶然じゃんけんで決まった屋上入り口前の踊り場掃除担当は、私と北山の二人だった。
巻き髪が綺麗な北山の彼女のアノ子は、「代わってよお」なんて口尖らせたけど、私は怒られちゃうしなんていい子な苦笑い浮かべた

普段からそういうことには融通の利かない自分でよかった、そうじゃなきゃこんな機会、きっともう来ることもないだろうから





北山とは、入学した時から気の合う友達としてずっと仲が良くて
かっこつけで、意地っ張りで、不器用で、たまに子供っぽくて、でもいつもちゃんと頑張ってて、そんな北山が好きだった。

北山に名前を呼ばれるたびに心に浮かぶ感情がなんなのか、それに気付いた時から想いはつのる一方で
いつか北山の心が自分に向き合ってくれる日を期待して、そっと胸を膨らませていたはずなのに。





『俺さ、じつは付き合うことになったやつが出来てさ』






"友達"という居心地の良い環境を崩す事が出来なくて、私は北山のその台詞に嘘笑いをした。


毎日、楽しそうに彼女の話をする北山の笑顔が辛かった。
でも唯一残された友達の地位すら失えば、自分には何も残らないと知ってたから また嘘をつく。
積もり積もる嘘は私を傷つけて醜い感情が体を支配して、バラバラに千切れてしまいそうだった。

北山が好き、たったそれだけの事を口に出来ないだけで、まるで世界が変わってしまった






、手が止まってんぞー」



北山の背中を盗みみながらボンヤリしてるつもりだったのに、気が付いたらいつのまにか北山が私を覗き込んでた。
驚いて思わず顔に感情が飛び出してしまいそうだったから、苦笑いで箒を握りなおす。


「ごめん、ちょっと考え事してた」
「さみーんだから、とっとと終わらせて教室かえろーぜ」
「うん、…ごめん」
「あー俺風邪気味なのに一番寒いトコとか最悪」



ねえ、早く教室に帰りたいのはそこに愛しの彼女が待ってるからじゃないの なんて捻くれた思考
心の中で嫌なことを考えるそんな私を不振がるほど北山は鋭くないから、また背中を向けて作業を続ける。

その背中に、その腕に、その胸に 両手を伸ばして縋り付けたらどれほど良いだろう
北山があの子のもの、否 誰のものでも、なければ。 私の友達でも、クラスメイトでもない、ただの 同級生なら


 …なんて、そんな愚問


まさか、そんな事望む筈もないけど(北山の友達でいられなくなる自分を恐れてる癖に)
でも、ただ少しだけ、冬のこの寒さが私を嗾ける。






「…ねえ北山」

「なに?」


「寒いね」
「まあ、もう12月だしな」
「ちょっとさ、休憩しよっか」


その言葉に何か言い出しそうな北山の台詞をさえぎって、 ちょっとだけ、ね。
なんて、彼が弱いって知ってる悪戯する時みたいな顔で呟く



「ま、あと40分も残ってるしな。…俺もちょっと疲れたし」
「うん」



そう言って笑えば、北山は私の隣にさも当たり前かのように腰を下ろして。
その瞬間にふわりと香る香水の匂いが、あの子と似ていて泣きたくなる (私、こんな女々しいキャラじゃないのに)






「ねえ 北山」
「んー?」

「寒い、から、 くっついても、いい?」



それが私の精一杯。 本当の気持ちを隠してそう言った私に、北山はなんだよ珍しいなんて言いながら体をくっつけて
3分100円な、と楽しそうににんまり笑った彼をどうしようもなく好きだと思ってしまった。


なんで私の北山じゃないんだろう、なんで私は北山の友達なんだろう、なんで私はこんなに弱虫なんだろう。

自問自答が頭の中でグルグル回って気持ち悪い。立てた膝に顔を埋めて、何度か瞬きしてたら少しだけ落ち着いた
こらえきれない涙の粒が何滴か零れて頬を濡らす。スカートにその水分を押し付けて、浅い呼吸をなんとか整えて

隣で鼻歌を歌う北山に聞こえない様に、ちいさくちいさく 好きだよ と空気を震わせてみた。
その瞬間に偶然北山の鼻歌が途切れて、どきりと縮むあたしの心臓 (まさか、聞こえ)
そう心配したのも束の間、何事もなかった様に続く鼻歌に胸を撫で下ろす。




馬鹿みたい、知って欲しいのに、気づかれたくない なんて





いつか、大人になって あの頃北山が好きだったんだー なんて笑えるようになれていればいいと思った。
それに北山が、お前なんかお断りだとかなんとか憎まれ口をたたいて
そしてそんな北山に平気で笑顔を見せられる私がいれば良いのにと思った。
いつか、北山よりも もっと素敵な人と出会って、結婚して、
今こんな風に北山に胸を痛めてた自分を愛おしく思える日がくれば、いい のに

そう願うけど、 やっぱり 辛いよ



好きだよ北山 好き好き好き、 大好き  私以外の女の子なんて、 見ないで










ぎゅっ と握り締めた指先に少し冷えた 感触









「なあ、」




それが北山の指だって気づく頃には遅すぎて




「なんで 泣いてんの」




その言葉が私の鼓膜に届く頃にはキスされてて
ずっと望んでた事の筈なのに、嬉しい筈なのに、哀しくて悔しくて苛立って、思い切り北山の頬を叩いた。




「最低…!」


殴ったのは私なのに、私の方がどうしてか物凄く痛くて、殴られた北山は、その痛みとは別の感情で苛立っているようだった

自分も、北山も、色んな事が嫌になって 逃げるように立ち上がるのに北山に腕を掴まれる



「なんで逃げんだよっ!」



涙とか嫉妬とか愛情とか、色んなものでぐちゃぐちゃな顔で振り返れば 今度は両手で抱き締められて
抵抗しなきゃ、とか、あの子の顔が浮かんだりして、頭の中で拒まないといけないって命令が飛び交ってるのに
まるで自分の体じゃないみたいに言うこと聞いてくれなくて



「やだ、…北山、お願いだから触らないで、離して」



馬鹿の一つ覚えにそればかり呟くことしか出来ない。




「なあ、お前が泣いてるのって誰のためなの? お前に拒絶されるが怖くて逃げてたなんて、信じてくれねーかもだけど」

「俺、のこと ずっと好きだった」

だから、逃げんな  なんて、最後は懇願するように眉根を寄せて囁くから




「…ずるいよ、」






そんなの、ずるい





「そんな事言われたら、どうしていいか判んないよ」

「…






だって、だって私  わたし








「わたし、ずっとずっと昔から北山のこと、好き なのに」






ずるいよ。 どうしてそんなあっという間に私が言えなかった一言を言えてしまうの。
私の方がずっと沢山北山の事好きなのに、大好きなのに、そう言ってしまった瞬間また泣き出してしまった私に北山は初めて見る顔をして見せた

「好きだよ」




(2007.12.02 Alice)