「きゃー!!北山先輩!!」




北山がシュートを決める度に耳に障る女の子の黄色い悲鳴

なんで北山なの。
太ちゃんで良いじゃん、横尾ちゃんでも良いじゃん、ニカちゃんでも、玉ちゃんでも、千ちゃんでも、宮っちでも
格好良い人いっぱいいっぱいいるのに、なのになんであんなチビで短足で我侭で意地悪でガキっぽい北山なんか好きになるの。


北山の良い所知ってるのも、北山の悪い所を知っているのも 私だけで良いのに。
そんなのも全部含めて好きだって言えるも私だけで十分なのに
北山の全部なんて知らない癖に、安っぽい言葉で北山への愛なんて語らないで。


嫌い 嫌い 嫌い

生半可な気持ちで北山を好きでいるあの子達も、
私の気持ちなんか一つも気付かないでそれにへらへら笑顔を返す北山も。

だいっきらい


















マネージャー業をサボって教室の窓からグラウンドを見下ろす。
賑やかなそこではサッカー部が練習試合を始めていて、 本来私がいる筈のベンチには後輩の子が座っていてなんだかイライラした。 あの子まだスコア上手に付けられないのにな、とか、 ドリンクの配分下手なんだだよなとか、あの子北山のこと好きなんだよな とか。 自分で放棄しておいてなんだけど、そんな風に沸きあがる感情は私を更に憂鬱にさせる。


ハーフタイムに笑顔でベンチに戻ってくるメンバーの中に 北山の笑顔を見つけて、また私の機嫌は急降下した。


うそつきめ、私がいなくても楽しそうにするんじゃん
お前がベンチに居ないと落ち着かねーなんて最高の愛の言葉をくれたじゃないか。それなのになんだその顔は
でも、よく見ればそんな北山の肩には私があげたタオルが掛けられていて、ムカツクけどどうしようもなく愛おしくなった。
横尾ちゃんに背中を叩かれて、振り返った北山はサッカーに夢中な時特有の格好良い横顔

遠くで響いたホイッスルが私の耳にも届いて、それを聞くのと同時に窓枠の上で組んだ両腕に顎を凭れさせた。








北山がちょっとでも活躍すればまたグラウンドいっぱいに響く悲鳴。

私の方が叫び出したい位参ってるんですが、なんて思いながら溜息をつけば、風に揺らされた前髪が私の視界を遮った。
絡まるそれを右手で押さえながらまたグラウンドを見たら、「あ」という顔の太ちゃんと目が合ってしまった。

やばい、そう思うよりも早く体を窓の下の壁に隠してドキドキと高鳴った胸の上に両手を置く。
サボったことがばれるのはたいした事無いけど、 告げ口されて、今ここに北山にが来てしまう事が非常に気不味いからだ。 流石に部活を抜けてまでは来ないだろうから、今の内に逃げてしまえば私の勝ちだとそう思って、体勢を低くしたまま机に掛けた鞄を手に取る。 用務員さんには申し訳ないけど、開け放した窓はそのままに教室を抜け出し、 廊下に出たところで漸く一息ついて、スカートについた埃を払う。




さあ、逃げるぞ。



そう階段に向かって少し小走りを始めた瞬間、下の階から上がってきた黒い影。
その横を通り過ぎようとした時、ちゃん、と聞きなれた声が私の名前を呼んで、それに驚いて一瞬バランスを崩す。


「え」


その人影が私に手を伸ばすけどそれは虚しくも空を切って、重力に従って滑り落ちる惨めな私。
あっという間一番上の8段目から1段目まで落っこちて、その後に今まで味わった事の無いような痛みが私の体を支配した。



「いっ、たぁ…!」

「ちょ、ちゃん、大丈夫?!」




急いで私に駆け寄ってきたその人物の顔を見上げればやっぱり太ちゃんだった。
情けないけど、痛さで次から次に涙が出てくる私を見て太ちゃんはオロオロしている。


「わ、あ、ちゃんごめんね! 泣かないで、今保健室連れて行くから!!」


痛みで返事もろくに出来ない私を よいしょ、と軽々おんぶした太ちゃん。
ほら、やっぱり北山なんかより太ちゃんの方がずっと格好良い。 身長だって高いし、足も長い、こんな風に優しくて紳士だし、ねえ、北山なんかやめて太ちゃんに乗り換えたら良いと思うよ。北山ファンの子。


「太ちゃん私死んじゃうー…」
「大丈夫?すぐつくからね、泣かないで〜!」


残りの階段を下りていく度に響く軽い衝撃ですら今の私には大ダメージで
痛みに堪えきれない涙がポロポロ零れて、太ちゃんのユニフォームを濡らしていく。
広くて頼りがいのあるその背中にしがみ付いてもなんだか落ち着かなくて、 狭くて頼りがいの無いチビの背中と比べてしまって後悔した。


「ー…っ、」
「ご、ごめん!痛かった?」

「……きたやま…」
「北山?」


我慢出来ずに零れてしまったその名前を聞いて、太ちゃんは足を止めた。 それに顔を上げたらきょとんとした顔の太ちゃん。
北山がどうかしたの?と首をかしげる太ちゃんになんでもない、と呟いて視線を反らせば 視界の端っこに映る、太ちゃんと同じソックスを履いた2本の足。



「あ、北山」



その後で太ちゃんが"だから名前呼んだのか"みたいな声でそいつの名前を呼ぶ。
視界の端に映るそれは、ゆっくりこちらへ歩を進めた。



「なにやってんの」
「うん、あのねちゃん階段から落っこちて怪我しちゃって」
「太ちゃんが急に声掛けるからびっくりしたのー…」
「ほんとにごめんね! だからね、これから保健室連れて行くところ。」


そう太ちゃんがにこにこしながら北山に話しかけているのに、 北山は相変わらずな無表情。(ほら、こいつこんな嫌な奴だよ)
すぐ戻るから練習進めてて!と言う太ちゃんに北山はまた無言になって、 でもやっぱりその目を見れない私は太ちゃんの肩に顔を埋めて会話だけを盗み聞く。


「…北山?」

「そいつ、降ろして」


やっと口を開いたかと思えば北山は命令するような声でそう呟いた。
勿論、そいつと指されたのは私な訳で、出来る事ならどうかおろさないで…!と 太ちゃんに訴えるように掴んだ指の力をぎゅっと強めるけど、その瞬間に北山が私を呼んだ。


降りろ」
「ちょ、ちょっと北山…!俺別になにも疚しい事とかないって、連れてったらすぐ戻るから」


私の抵抗を判っているのか、声が冷たい北山に動揺しながらも太ちゃんはそう私の味方をしてくれる。
そしたら今度は、俺が連れてくからいい。なんて怒った声で北山はそう言った
その声に一瞬強張った私の体を、太ちゃんは優しく階段に座らせて、ごめんね、と呟いた。


「じゃあ、北山宜しくね。 ちゃん、怪我させちゃって、ほんとにごめん」


きっと心のどこかで北山に連れて行って貰いたがってる私に気が付いて、太ちゃんはそうしてくれたんだ。
ほら、見たでしょう世のお嬢さん方よ。 太ちゃんがどれだけ男前か、判ったでしょ。

だからね、 …だから、北山なんかやめて太ちゃんにしちゃおうよ





「おい」



俯く私に容赦ない北山の声。 顔を上げればむっとした顔で私を見下ろしている。
その優しさの欠片もない瞳に、どうしようもなく緊張してしまう私はきっともう 北山以外じゃ駄目なんだと思う。



「乗れ」



そう言って私の前にしゃがみこむ北山の背中が、さっきの想像より遥かに愛おしくて
痛みですっかり緩くなった涙腺が、その感情の所為でまた揺さぶられる。
チビに乗ったら可哀想だからいい、って苦し紛れに嫌味を呟いた私を北山は"はあ?"と怪訝な顔で振り向いた。


「お前この期に及んでそんな事言うんだ。 自分で歩けないくらい痛い癖して」
「…だから太ちゃんに背負って貰ってたんじゃん」
「あっそ、そんなに藤ヶ谷が良いわけ。 そりゃマネージャーもサボリたくなるわなぁ」


なんで原因のあんたにそんな事言われなきゃなんないのよ、と精一杯睨みつけてやったのに
北山は怯む所か、薄ら笑いを浮かべて私を目を細めてみている。
その瞳に勝てない私が結局先に視線を反らして、口を噤んだ。


「俺じゃなきゃ泣く癖に」


そう言って北山は無理矢理私の腕を引いた。

力の入らない足はその力に従って体を前のめりにして、目の前の背中にダイブ。
いつも近くで感じる匂いがふと鼻腔を刺激して、悔しいけど安心してしまう
太ちゃんとは比べ物にならないくらい狭くて情けないのに、それなのに、一番居心地が良くてムカツク。
思わず首に腕を回して肩に顔を埋めてしまう私に、意地っ張り、と意地悪な声で言って北山が振り向いてにやりと笑った。



「サボんなよ、いなくて今日全然やる気出ねーんだから」
「うそつき 楽しそうに笑ってた」
「ほらね、なんだかんだ言いつつやっぱ何時も俺の事見てんじゃん。」


してやったり、とで言いたげな声の北山をまた睨みつけて、 あんたみたいなチビでも好きなんだから仕方ないじゃん。って投げ付ける様にそう言えば  北山はマジむかつくって笑った。


「お前さーそう言うのわざとやってんの? 俺がお前に夢中なの判ってて」
「…意味判んないんですけど北山さん」


唐突に吐かれたその台詞に、不覚にも酷く動揺してしまって北山の目が見れなくなる。
絡ませた腕を解こうとしたら、体型には似合わない大きな掌がそれを掴んだ。


「俺がの一挙一動に振り回されてるの、判んないの?」


そんなんも判んない癖に、いっちょ前に嫉妬なんかしてんじゃねーよ。
なんて北山はまたニヤリと笑った。 ああ、もう、ホントにどうしようもなく格好良いんだよ
私のちっぽけな不安も嫉妬も全部見透かされていた事も、想像以上に愛されてた事も全部が悔しくて、 頭に来たから目の前の背中をグーパンチで殴ったら、北山は暴れんなって笑いながら、ようやく立ち上がった。



「ちゃんと痛くないように手当てしてやっから。」
「いい、もういい。痛くない、降ろして、帰る」


「やだ。 藤ヶ谷がのあちこちに触ってるの見て許せる程 俺、大人じゃねーもん」






そう無邪気に笑う北山の小指と、私の小指が赤い糸で繋がっていればいいのにと思う。
北山じゃなきゃ駄目なの、北山じゃなきゃ満たされない、北山以外の愛なんていらない
だから彼の運命の岐路が私の運命の岐路と何処かで繋がっていたらと願ってしまう。
君との将来を夢見るにはまだ少し私に強さが足りないけど、私が貴方に釣り合えるまで隣で待っていてくれますか?

愛なんて言葉じゃとても伝えきれない程、北山が大切で、この上なく苦しかった。




(2007.04.11 Alice)