久しぶりのデートの前日、張り切って美容院に行ってみた。
もしかして明日デートなんですか、なんて店員の笑顔に乗せられて随分奮発してイメージチェンジ
長さだって少し短くなったし、取れかかっていたパーマも復活したし、髪色だって変わったのに

それなのに 一つも気が付いてくれないなんて、なんて彼女甲斐のない男なんだ。こいつは!







しかも天気まで私を見放して空は灰色 今にも大粒の雨が降り出しそうになっていた。
それを見たのかそれとも今朝の天気予報で降水確率90%の文字を見たのか、
9時過ぎに届いたそっけないメールには今日遠出は中止の文字
きっと今日の曇り空より、私の両目の方が泣き出したい気持ちでいっぱいに違いない。
だけどそれでもとりあえず自宅まで来てくれた北山の為に、それだけは必死に堪えて今に至る。

雨が降りそうになると決まって気分不良を訴える北山は、私のベットにその身を投げて雑誌を捲っていた
私はそれをキッチンからチラリを見詰め、そして手元のティーカップに視線を戻す。
何時になったら気が付いてくれるだろうか、なんて一つ溜息をこぼしても勿論 奴に気にするような素振りはない

何時の間にか降り出した雨がコンクリートを濡らしていく匂いがして、更に私の気分を滅入らせる。




「はい、コーヒー。北山はブラックだよね?」
「ん、サンキュ」


そう短く返事を漏らしつつも視線が雑誌から離れる事はない。
自分が載っているページを満足そうな顔で見詰めて、誰のコメントに対してなのか思い出したように小さく笑う
その笑顔が自分に向けられない事に思わず拗ねてしまおうかとも思ったけれど、それじゃああんまり大人気ないので我慢
玄関を開けた瞬間の一言も最近太った?だし、こんな彼女甲斐のない人なんて初めて見た。


「二階堂かわいいなまじで!」


とは言いつつも、実際は寂しくて堪らなかったりして、ゲラゲラ笑い出した北山の横顔に視線を送る。
そうかい二階堂君は可愛いかい、そりゃ良かったね。どうせ私なんて髪型変えたってたいして変わりやしませんよ

気付いているのかいないのか、一瞬だけ雑誌を捲る手が止まったけれど結局何事もなかったかのようにその作業も再開されて
いい加減声でも掛けるべきだろうかと思ったけど、機嫌が悪くなられても微妙なのでそれもやめた









「あ 雨上がった」



もんもんとしていく私の思考の外で、ふと北山がそう嬉しそうに呟いた。
は と目線を上げれば微笑で窓の外を見る横顔
それに何秒か遅れでやっと反応すれば、ずっと手元に握っていた雑誌を乱雑にベット脇に放り投げて立ち上がる北山。



「どうしたの?」
「どうしたの、って…今日デートじゃん」


さも当たり前かのようにそうニヤリと悪戯な顔をして笑う北山につられて笑いそうになるけど
なんかそれも悔しくて笑顔をかみ殺して、もうこんな時間だよなんて心にもない返事を返せばにやにやする嫌な顔で私を見る。


「なに拗ねてんの?」
「別に、拗ねてなんていませんが」


良いから早く立てよ、と無理矢理私の腕を引くので渋々立ち上がってスカートの皺を伸ばす。
それを見て、北山は雑誌と同じように乱暴にベットに投げられていた上着と鞄を掴んだ
あたふたと準備をする私を振り返る事もなく玄関までスタスタ歩いて行って、靴をキチンと履き終えたところで漸くチラリ


「ちょっと待って、早いよ」
「髪、可愛いじゃん」

「は?」


あまりにも脈絡のないその台詞に思わずキョトンとしてから、やっと言葉の意味を理解してカッと頬が熱くなるのが判った。
何を今更、と照れに負けてじわじわ温度が上がっていく顔で北山を睨みつければまた、ニヤリと嫌な笑いを見せた。
ずっと髪ばっかり気にしてる、可愛かった。なんてその後最高の笑顔で笑うから完敗で
もういい、ってその横を通り抜けて爪先で攫ったパンプスで玄関のコンクリートを叩けば後ろから腕を掴む意地悪な誰かさんの体温。


「ほんと可愛い、




ろくでもないお前にベタ惚れです


(2007.03.28 Alice)