寒さでしびれる指先をさすりながら重い足取りで階段を下りて行く
些細なことで喧嘩した。なんであんなこと思わず言ってしまったのか・・・。
今更過去の自分を責めてみたって気持ちが晴れるわけもなく。
一瞬泣きそうに瞳を揺らしたの表情をまた思い出してため息をついた。
素直じゃない自分にほとほと呆れているのは本音だけど、 それも含めて俺を好きだと言ってくれるのその言葉に甘えすぎていたのかもしれない。
揺れる前髪で顔を隠すように俯いた瞬間、最後の段で滑ってバランスを崩す。


「・・・・・・カッコ悪ぃ、俺」





and you





思わず尻餅をついてしまいそうになりながらも、日ごろの部活練習で鍛えた脚力でなんとか体制を整え、不恰好ながらも足からの着地に成功する。
その拍子に転がってしまった薄っぺらなカバンと解けた巻きかけのマフラーを拾い上げ、もう一度ため息をついた。
・・・こんなに後悔するんなら、あの時すぐにでも謝れば良かったんだ。
少しくたびれたマフラーを見下ろしながら、心の中ではこんなに素直になれる自分を情けなく思う
紺色のシンプルなマフラー、少し失敗の跡が見られるそれは去年のクリスマスにがくれた物だった。
重かったら、ごめんね。とそう心配そうに渡してきた表情が堪らなく愛しくて、
あの時だけは柄にもなく素直に自分の気持ちを伝えられた。 その時のの嬉しそうな笑顔といったら…


「あーも・・・最悪」


そんな笑顔を思い出してしまうとますます後悔の念が押し寄せてくる。
あんな顔させるために、今日の帰りの約束を取り付けようとしたわけじゃなかったのに。

カバンの中に入っているピンク色の小さな包みの無事を確認して息を吐く。
にだっての都合があるんだ、俺だけのじゃない。
そう頭ではちゃんと判っていても、こういう現在を迎えてしまっていることが大人が出来上がっていないという証拠。
あーあ・・・、こんなだから・・・


「ごめんね、今日、太輔君と先約があって」


が藤ヶ谷を"太輔君"と呼ぶ度にイライラする自分がいた。
恥ずかしがって俺の名前は呼ばないくせに藤ヶ谷のことは名前で呼ぶんだ、なんて

と藤ヶ谷は仲が良い。 俺と藤ヶ谷も友達。
実際俺との仲を取り持ってくれたのは藤ヶ谷だ
ガキっぽく騒いでるかと思えば、妙に大人な意見を持ってたりする奴。
あの二人が恋愛対象としてお互いを見ていないのは態度で判るし、
兄妹みたいなもんだって、なんて笑う藤ヶ谷はウソが上手い人間でもない。

それなのそうやって嫉妬してしまう自分が抑えられないのは、俺が子供だから。


「だってしょうがねーじゃん、好きなんだから…」


前に子供っぽい俺の束縛に困るを見て、いい加減成長しろよ なんて横尾に怒鳴られた事を思い出して、想像の中の横尾に反論する。
好きだったら嫉妬するし、束縛したくなる。そういうもんだろ誰だって。
物分りが良いというのかそれとも単に俺に遠慮しているのか、は嫉妬して怒るようなことはない
それが俺を余計に不安にさせて、俺のイライラや嫉妬は募る一方で結果がこれだ。

が俺に優しくしてくれたあれやこれも、全部愛のない物だったなんて思いたくない。
そんな気持ちが歩幅を広げて、気が付けば真っ直ぐな廊下を走り出している自分がいた。
私もずっと好きだった、そう照れ笑いしたの笑顔を信じたいのに


(なんでこんな不安になるんだよ、俺)



今ならまだ間に合うかもしれない、そう昇降口前のカーブを走り抜けると放課後のしんとした空気
そして俺のロッカーの前で俯いて足元を見ている人  そんな俺の足音と、肩で息をする声に気付いたのか彼女は顔を上げた。


「…!?」


俺の慌てた様子に驚いたは困った顔をしてどうしたの、と呟いた。


「ど、どうしたの、ってお前…藤ヶ谷と帰ったんじゃ」
「そのつもりだったんだけど、北山君が心配だったから」


あんなに怒られたの、初めてだったし。と苦笑いするに思わず泣きそうになった。
なんで俺、不安になってんだよ。こんなに俺の事大事に考えてくれるの子の事、何疑ってんだよ
恋って怖ぇーな、こんなに人間弱くするもんなのかな


「心配って、…怒ってないの?俺一方的に悪いじゃん。」
「うん、最初はなんでって思ったけど・・・。」


だけど、普通彼氏の約束優先するでしょ、彼女って。 なんてにこにこ笑うに何も言うなくなる。
太輔君にも別の日で良いからって言われたから、北山君待ってたの そう満面の笑みを浮かべて見せてから
今度は固まる俺の左手そっと握った。 そんなの手のひらが温かくて安心してしまう。
 …ああまただ、また俺、 の優しさに甘えてる。


「ごめんね、私、嫌な子だよね 北山君怒って当たり前だね」
「なんで、」


なんでそんな優しいんだよ。 思わずそう怒鳴るように言ってしまう自分が情けなくて、
それなのには一瞬驚いた顔を見せたけどまた小さく笑った。


「好きな人の事考えたら優しくなれちゃうんだから仕方ないよ。」
「そんな、…それじゃ俺が、まるでのこと好きじゃない、みたいじゃん」


そうまた素直じゃない言葉を呟けば、今度は眉をハの字にして困った顔をする。


「俺さーどうしようもなくガキで、のこと好きで好きでしょうがねーのに傷つけて」

それなのに、がそんなに優しいとどうしていいか判んなくなる。

「ほんと、ごめんな。」


俯いてしまいそうになる自分が情けなくて、目の前のを思い切り抱き寄せて表情を隠す
そんな俺の態度に、はそっと背中に腕を回した。その手のひらの温度はやっぱり優しくて。


「もっと怒っていいから、…正直、嫉妬だってして欲しい。」
「やだなあ、怒ったり嫉妬したり私だってしてるよ。」


そう言っては笑う。


「だって北山君カッコイイし、スポーツ万能だし、勉強も出来るし。」


ライバルいーっぱいだもん。嫌な気持ちで嫉妬したり、怒ったりするよ。
だけど北山君が私の名前呼んでくれると、全部どうでもよくなっちゃうんだもん そう嬉しそうには呟いた。
そんなに じゃあ、俺の事も名前で呼んでよ、って耳元で囁けば途端に慌て始めるその両手


「え、あ、そ、そうだよね…!1年も経つのにまだ苗字だよね」
「…結構傷付く」
「ごごご、ごめんなさい」
「ウソ」


そこでようやく余裕の笑顔でを見詰めれば、照れた笑顔で返される。
宏光くん、って遠慮がちに呼ばれたそれを聞いて嬉しくてそっと頬に口付けた




(2006.12.18 Alice)