台風が過ぎ去った後で、コンクリートのくぼみに出来た大きな水溜りに飛び込んでみた。
跳ね上がった雨水が、スカートにしみを作るのをを見て、宏光はぎょっとした顔


「ちょっと、…俺の裾汚れたんだけど」
「(そっちかよ)」


クラスの中(特に女子の前)じゃけして見せない不機嫌そうな俺様顔で宏光は私をジロリと睨む。
そんな表情に動揺することもなく、足短い癖に腰パンするから、って言ったら今度は眉根を寄せて睨みつけられた
夕日に照らされてより一層オレンジになった髪の毛はご機嫌そうに風に揺れているのに、当の本人にそんな雰囲気まったく感じられない。 仮にも、"放課後デート"なんですけどー。
私が藤ヶ谷くんとか横尾くんとかと話してる時には、遠くからでも睨み付けてぷんすか怒り出すくせに、肝心なところでは鈍感なのかでしょうか。  私の視線の意図に宏光は気付く様子もない


「てか、なんで今日そんなスカート短いわけ」
「えーそう? 別にいつもと変わんないよ」
「朝階段駆け上がってるとき思いっきりパンツ見えてた。」
「ちょっと、そう言うことは駆け上がる前に注意してよ」
「いや見たの俺じゃねぇし。藤ヶ谷が言ってた」
「えー、太ちゃんにそんなはしたない姿見られてたなんてショックだわー…」


自分じゃ何時も通りのつもりだったのに、平然とそんな事を言われて無償に恥ずかしくなった。
宏光には気が付かれないように、そっとスカートの裾を引っ張って伸ばしてみた。
丁度1歩分空いた距離で歩く私達の横を、自動車がゆっくり通り過ぎていく
いつもより会話の弾まない(普段もそう弾むわけでもないけど)私達は黙々と足を進めるだけで、
そうして、自然と私の視線は宏光の大きな荷物に向いてしまう。


騒がしいその中身は彼の誕生日を祝った物(それも、私以外の親衛隊ならぬファンからの)


(大体彼女がいるくせに受け取るか、普通。)なんて不満もそこそこに気まずさだけが募る
彼氏として在らぬ態度の宏光と同じように、彼女として在らぬことをしてしまったのは私なわけで…。
彼氏の誕生日間違えるか、普通。って冷めた顔で呟いた宏光の15分前の表情が胸をチクリと刺す。
家においてけぼりなプレゼントと手作りケーキをを言い訳に出してみたって、勿論通用しない
それからいつもの習慣で並んで出た昇降口から宏光はずっとこうだし、距離も縮まらなくて、
そろそろホントに愛想尽かされるんじゃないだろうか、なんて柄にも無く目尻が滲みそうになる。


「・・・重」


そうぼやきながら立ち止まって、宏光は左手の荷物を私に差し出す。(何さ)

「ちょっとコレ持って」
「・・・いいけど」


いくつものプレゼントが無造作に詰められた紙袋を右手で受け取ると、宏光は表情も変えずに呟いた。


「そっちじゃない」
「え、通学バック?」
「ちーがーう。右手じゃなくて左手に持てって言ってんの」


めんどくさそうに顎で左手を指す宏光の言葉に素直に従って荷物を持ち直す。
彼の要求には素直に応じたのに、立ち止まったまま歩き出そうとしない宏光に怪訝な顔を向ければ、
ようやく仏頂面以外の顔をして見せた宏光は今日一番の不機嫌な声で、ボケって私を罵った


「なっ…!」
「なんで藤ヶ谷の誕生日は覚えてるくせに俺のは間違えんの」


きょとんとした私の脳みそが反応するより早く、宏光は空いた私の右手を掴んだ。
ムスっとした表情はそのままなのに、触れた指先は少しだけ震えているようで、今度は愛しくて胸がギュッとなる。
半歩分近付いた私と宏光の会話だって相変わらず弾まないのに、私の足取りは弾んでしまいそう


「なんでそんなに藤ヶ谷、藤ヶ谷って・・・」
「だってが言ったんじゃん」


本当に覚えがなかったから聞き返したのに、その返事に宏光はより一層不機嫌を重ねてみせる
急ぎ足になるたびに、左手で揺れてガサガサ音をたてる紙袋を疎ましく思いながらも宏光の手をぎゅっと握り返せば、
それを嫌がるように私の指を解く宏光。その表情は怒っていると言うよりも、拗ねてる子供みたいで


「・・・藤ヶ谷みたいなの、タイプって」


7歩分の沈黙の後で怒った口調でそう言った顔は口を尖らせた膨れ面。
その言葉と表情に思わず噴出した私をまたジロリと彼は睨みつけた
ツカツカと私の前まで戻って来て、大きな目を細めて"照れてます"な顔で睨んでくるから可笑しくて、
笑いが止まらなくなる。


「なに笑ってんの」
「えー? 私が太ちゃん好みって? そんなこと言ったことあったかなあ」
「言ったもんは、言った」
「まー太ちゃん端正なお顔にスタイル良くておまけに優しいもんねー。   ……あ、やきもち妬いたんだ?」


そう自信たっぷりに訊くと、あーも、って叫ぶように宏光は声を上げた
振り返った彼の頬はオレンジがかったピンク色。 寄せた眉根はそのままで言葉を荒げた。
私はそんな宏光が可愛くって仕方なくて、やっぱりどこか笑みを含んで返事を返してしまう。
そんな私の態度にムキになる宏光は、柄にもなく真っ赤になっている


「そうだよ、悪い?が俺のこと不機嫌にさせてんの判ってる?」
「宏光こそ、この左手の荷物があたしを不機嫌にさせてるの判ってる?」
「そのつもりで持たせてんだよ。」
「ふーん、でも私はそんなつもりで太ちゃんの事話した訳じゃないもん。」


そうやって鼻を鳴らすように挑戦的な目で見れば押し黙る宏光がそこにいた。
そうしてなにも言わなくなって、私の手をもう一度捕まえてまた歩き始める
ギュッと指に力を加えてみたけど、今度はもう振り解かれなかった。


「・・・意地悪言って、ごめんね。 宏光しか見てないし、ほんとに大好きなんだよ」
「・・・・・・知ってるつーの。」
「今日はごめんなさい。一番大事な宏光の誕生日、間違えてごめんなさい。」
「もいいって」


その代わり、今日も明日も明後日も、俺の気が済むまで離してやんないけど。
そう言って口角をあげて悪戯に笑った宏光につられて私も笑う
そして今だ左手に存在し続けていた荷物を思い出したように宏光は奪い取った。


「どうするの?」
「すいませーん、これ落ちてました。」


何食わぬ顔で通りかかった交番の入り口に置いてまた私を振り返った。


さえいてくれれば他にはなんもいらねーしな」





そうして


たったひとことで 救われたり




(2006.09.17 Alice)