1年の恋愛に終止符が打たれた。情けない程に惨めな言葉を満面の笑顔で突きつけられてしまった私の足取りは重い







懐かしい日を見てた








恋人を振るという行為には似つかわしくないような笑顔に圧倒され、 飽きれるどころか哀しいという感情すらわいてこない事にただ驚いていた。
私はあんな男をずっと慕って付き合っていたのか。恋は盲目、というのもあながち間違いではないらしい。
新調したパンプスで出来た靴擦れが歩くたびに痛んで、情けない気持ちになる。
私は一途に付き合ってきたつもりだったのに、アイツにとってはその程度の存在でしかなかったのか。
1度目の浮気を見つけたところでわたしの方からフってしまわなかったことを、今更に後悔した。
そして残るのは惨めな私の行き場の無い喪失感と溜息だけ

鞄から携帯を取り出し、アイツの番号を消去する。
あんな男だって判ってしまっても、好きだった事実が変わるわけでもなくて、辛くないって言ったら、嘘になる。
溜息をつけば情けなさも涙も全部流れていく気がして、もう何度目かになるそれを繰り返した
今は誰とも話したくない、そう思って痛む足を引きずり家路を急いでいると、マナーモードにした携帯が震え始めた。
ディスプレイには、今一番に顔を合わせたくないワガママなアイツの名前
なんて間の悪い、そう思って無視してみるものの振動は何時までたっても止まない。
そんな携帯にイライラが募るのにも増して歩調が早まって、靴擦れの痛い足を酷使しながら家へと急ぐ
もうなにもかも忘れて眠ってしまいたい。そんな私のささやかな願いをも打ち砕くように、下り坂の先でお隣さんの声が響いた



「ねー、なんで鳴ってんのに無視すんの」


そう言って、不満そうに見上げる北山の右手には、どう見ても通話中の携帯電話。
そして、バックの中では相変わらずわたしの携帯がせわしなく着信を知らせている。
最悪だ、そう思い黙ってその隣を通り抜けようと思ったのに、フリーな左手で北山は私を捕まえる。
どうしてこういう時に限ってサッカーの練習とやらが休みなのか。 ・・・ほんと、間が悪い。


「…ごめん今日はちょっと都合悪い」
「ふーん。 とりあえずちょっと付き合えよ」

そうあからさまに聞いていないであろう返事を返すのを見て、結局私が諦めるしかなくて
だから嫌だったんだ、こんな時に一番に捕まりたくないこの態度。
相変わらず俺様でマイペースな北山は何時だってこんな調子で、 そして、そんな北山の下で幼稚園の頃から何時も家来みたいに振り回される私。
それも、高圧的な北山の我侭に折れてしまう私がいる事も判っててやってるんだから余計性質が悪い。
よりにもよって一番の地雷を踏んでしまった、と思わず顔に出したばかりに北山は不満そうな顔をして歩き出した


「・・・何処行くの?」
「来れば判る」
「(答えになってない・・・)」


気付けば夕日もくれる時間になっていたのか、日中に比べてすっかり涼しくなった風に顔を撫でられ、目を細める。
視界にある北山は私がついて来てるかどうか確認する素振りもなく、どんどん前へ進んでいく。
昔、そんな北山の背中がすごく好きだったことをふと思い出して、苦笑い(ほんとにもう随分と昔の話だ)
アイツとの沈黙は息苦しいのに、どうしてだか北山とはこんな沈黙だって耐えられる。
この感覚に、いつも錯覚させられそうになるけれど、これはきっと恋とは違う感情なんだとずっと言い聞かせていた
子供のころからずっと一緒で、なんていうかもう半分兄妹みたいな感覚なんだろうなあって最近ちょっとだけしっくりくる答えをみつけたばかりだった。

あの頃の思い出と比べて、ずいぶんと大きくなった背丈や男らしい顔立ちに少しだけ寂しさと懐かしさを感じてしまう。
何時からか、"みっくん"と呼ばなくなった頃から私達の間には見えない壁が出来たんだろうなあと、そう思ってしまった


「随分大人しいじゃん」
「逆らったら怒るのは誰でしょうね」


そうポツリと呟くと北山は足を進めるのを止めた。その背中の向こう側に見えるのは、子供のころよく遊んだ河川敷
いつもは賑やかなそこも、夕日もくれる時間帯となれば寂しいもので、乗り捨てられた自転車が転がっているだけ。
青々と草が伸びた斜面を下って、さび付いたゴールが佇んでいる砂利の上へと二人で足を運ぶ。
誰かが忘れていったのか、ドロに汚れたボールを見つけて嬉しそうに北山は蹴り上げた。


「なんか懐かしいねー。 ここってこんなに狭かったけ」


感傷にひたる私の言葉に曖昧な返事を返す北山の横顔はどこか上の空で、 それ以上口を開こうとしない北山から視線をそらし、河川敷の向こうを見詰める。
子供の頃よく北山に連れてこられては無理やりサッカーの練習相手にされたっけな。
まあ、素人なんだから当然ヘタクソな私に北山が途中で痺れを切らしていつも怒ってたけど。 今考えれば理不尽な話である。
子供のころの記憶に思い出し笑いをこらえていると、そこでやっと なあ、と呟いた北山を視線を戻す。
もしかしたら、呟いたように聞こえただけなのかもしれない、向き直った表情はいつになく真っ直ぐだったから。


「泣けばいーじゃん」
「なにが」
「お前の大好きな憧れのセンパイのハナシ」


突然の発言に思わず言葉を失う。

どうしてそういうこと言うんだろう、北山の我侭な癖に気紛れに優しくするそういうところ、昔から嫌いだった
らしくない優しい視線と声に不覚にも涙腺を揺さぶられて、どうしようもなくて俯いた
アイツの言葉にだって、涙一粒すらこぼれなかったのにどうしてこんなに切なくなるんだろう。
他の女連れて歩いてるって藤ヶ谷から聞いたけど、と北山は相変わらず真っ直ぐした声で呟いた。


その表情にもう我慢がきかなくって、溢れた涙を拭いながらもう笑うしかない私は、困った表情のまま小さく微笑む。
だから止めとけって言ったんだよ、バカ。って怒った口調の北山の方が情けない顔。 そんな顔するの、卑怯だよ


「最初から俺の言う事聞かないからそう言う事になんだよ」
「うん、ごめんなさい」
「"ごめん" じゃねーだろ」



厳しい口調で追い打ちをかけるような言葉を放つくせに、頭におかれた掌が酷く優しくて嬉しいのに辛くて、
そうしたら、北山が眉間を寄せて哀しそうな顔するから、それに伝染してどんどん涙が溢れてくる。
流れ落ちていく水滴を拭おうとしたら、今度は北山に体全部を捕まえられた


「きたや、ま」
「お前は …は、俺の気持ちなんてひとつも判ってない。」


その瞬間に、もしかしたらずっと泣きたかったのは北山だったんだろうか、なんてずうずうしい自惚れが浮かんでしまう。
なんとなく、なんとなくだけれど(ほんとうにただの自惚れかもしれないけれど)震える彼の声に、そう思ってしまった
その声がつむぐ私の名前が妙に懐かしくてあの広い背中を切なく思っていた気持ちを思い出してしまう。
好きだった、ずっとが好きだった。 そう呟いた北山の声が切なくてまた少し泣いた。




(2006.06.12 Alice)